日本酒獺祭、倒産寸前から大人気酒造までの底力

ど根性!山口の小さな酒造、誰も知らない日本酒や倒産寸前だった酒蔵が今や世界の日本酒獺祭になった極意とは?

日本酒獺祭、苦労の時期

日本酒獺祭、倒産寸前から大人気酒造までの底力

カンブリア宮殿に出演した社長の桜井博志さんは1984年に父の急逝により34歳で酒蔵を継ぐことになったのだそうです。
当時の旭酒造は山奥の小さな酒蔵で、販売不振で本当に大変だった酒蔵の1つで「県内でも“負け組”だった」というほど。
しかし2012年になり、旭酒造は純米大吟醸酒のトップメーカーに躍り出たという底力を見せているのには何か秘密があるに違いないでしょう。

地ビール生産と葛藤

旭酒造、日本酒獺祭(ダッサイ)が生まれるまでに、色々な苦労があったというのです。

「夏も販売力を高めたい」
社長の夏への販売力強化にと、考えた策は(地ビール)。しかしこれらの地ビール事業はうまくいかずに大赤字を出してしまったそう。
しかもわずか3ヵ月で撤退に追い込まれた上、1億9000万円の損失という数字。しかしそれでもへこたれない社長が生み出したのがコレなのです。

「磨き2割3分」の獺祭

絶望的な旭酒造に希望の光が見え始めたのがこの人気が出始めていたという「磨き2割3分」の獺祭
「磨き」とは、精米して雑味となるたんぱく質等を取り除く作業のことをさします。
桜井は日本一の酒を造るため、手間も時間もかかる究極の磨きに挑戦し「磨き2割3分」を生み出したという感動のストーリー。

日本酒と海外進出

海外でも人気となり、販売を続けている日本酒獺祭。
「客から見て、最高の酒を追求している酒蔵だから存在価値がある。どこにでもある酒蔵なら、価値はない」こう話す社長桜井さん。
このこだわりが、世界中の酒好きの心に響いたにちがいありません。

日本代表、このこだわりのSAKE、地ビールにも負けない美味しさを、獺祭の熱い想いはこれからも続きそうですね。

この夏も、火照った体にキンキンに冷えた日本酒が体に染み入りそうですね!

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